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自分史の書き方【要点とFTMの実例公開】

FTM 自分史 書き方

性同一性障害の診断をもらうためにジェンダークリニックに行ったら、「『自分史』をかいてきて」って言われたけど、なにを書けばいいのか分からない…
そもそも何のために書くの?
他の人はどんなこと書いてるの?

【deidei】

そんな悩みを持つ方に向けて、
性同一性障害の診断書をもらったことのある先輩として自分史を書く目的や書く時のポイントを紹介します!

最後に、私自身の自分史を載せてますので興味がある方は見てってください。

自分史ってなに?

性同一性障害の診断をするためには、日本精神神経学会のガイドラインに沿って、患者の性自認を判定しないといけません。

そのため、ジェンダークリニックの先生はガイドラインに書かれている、3つの項目に沿って診察をします。

  1. 詳細な養育歴・生活史・性行動歴について聴取する
  2. 性別違和の実態を明らかにする
  3. 診断に必要な情報が得られるまで行う

出典:「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第4版改」

【deidei】

これだけ見てもなんだか難しくてよくわかないので、具体的に紹介しますね

1.の”養育歴・生活史・性行動歴”は具体的に言うと、

  • どんな服装をしているのか?
  • 周囲の人間関係はどうか?
  • 仕事はどんなことをしているのか?
  • 今どんな性別で扱われているのか?

2.の”性別違和の実態”は具体的に言うと、

  • 自分の性別に対する不快感や嫌悪感
  • 反対の性別に対する強く持続的な同一感
  • 反対の性役割を求めるかどうか

この2つを知るために、『自分史』を書いてもらう病院が多いです。

”養育歴・生活史・性行動歴”と”性別違和の実態”を診断に必要な分だけ知る必要があるので、『自分史』は詳細に書いたほうが良いです。

ただし、先生によっては簡単なものでもいい場合があるので、直接聞けそうであれば聞いてみましょう。

書き方のポイント5つ

『自分史』を書く時には、”養育歴・生活史・性行動歴”と”性別違和の実態”が必要と分かった。
でも、もっと具体的に知りたいって方は、この5つのポイントを参考にしてみてください。

  • どんな家で育ったか(家族構成、親兄弟の職業、性格など)
  • 幼稚園、小学生、中学生、高校生など、それぞれどんな生活だったか(友達とか、服装とか、好きなこととか、遊びとか、悩みとか)
  • 性別に違和感を持ち始めたのはいつ頃か、きっかけは何か
  • 自分の性別をどう思ってるのか(体を見るのも辛いとか、性別を受け入れられないとか)
  • どうしたいと思ってるのか(戸籍まで男に変えたい、男として扱ってもらえたら良いなど)

自分史テンプレート例

自分史の書き方に決まりやルールはありません
そのため、自由に書いてもOKです。

【deidei】

書き方の例があったほうが書きやすいって方は、こちらのテンプレート例を使ってもOKです。

生まれた時から今までを思い出しながら、時系列に沿って書いていくのが書きやすいんじゃないでしょうか。
テンプレートを使う場合は、生活歴のところに『どんな生活を送っていたのか』や『性別の違和感について気付いたこと』などを詳しく書いてください。

そのほかにも、生活歴と性別の違和感を分けて書いたりする人もいるみたいです。

↓ 自分史テンプレートはコチラ ↓

【家族構成】

【生活歴】

  1. 出生  
  2. 幼稚園  
  3. 小学校  
  4. 中学校  
  5. 高校  
  6. 大学  
  7. 社会人  

また、小説を書くわけじゃないので文章力は必要ありません。
性自認の判定に必要な情報があれば問題ないので、箇条書きでもOKです。

埋没FTM deideiの自分史

私は、大学3年生の頃に岡山大学病院で『性同一性障害』の診断をもらいました。
そのため、生まれてから大学3年生までの自分史を載せておきます

【deidei】

淡々と書いているだけなので、興味ない方は読み飛ばしちゃってください。

【家族構成】

父と母(どちらも高校教師)の間に3人兄弟の末っ子として生まれました。
兄弟は、3歳上の姉と、1歳上の兄がいます。

父とはよく一緒にテニスをしたり、ボーリングしたりして遊んでもらってました。
母とは高校生くらいまでは一緒にスーパーやショッピングモールに買い物に行く仲でした。
姉とは、姉が大学生になって独り暮らしするまではカーテンで仕切っている部屋で一緒に過ごしてました。
兄とは、小学生くらいまではよくゲームしたりして遊んでましたが、中学生くらいになるとほとんど遊ばず、あまり話をしなくなりました。
今は、父・母・姉とは年に数回連絡を取り合いますが、兄とはほとんど連絡を取り合っていません。

【幼稚園】

男の子・女の子関係なく遊んでいました。
サッカーをすることもあれば、ポケモンの絵を描いたり、アニメを一緒に見たりしていました。

髪の毛は長く、母に髪を結んでもらった記憶があります。
幼稚園は制服があって、上はポロシャツ、下はスカート、あとベレー帽をかぶっていました。
制服に対する違和感は特になく、毎日嫌がったりもしませんでした。
あまり自分の服装に興味がなかったんだと思います。

このころに好意を持つ人は、たいてい女の子でした。
恋愛感情とかはよくわからない頃だったので、ほかの子よりも好きだなーって感覚でした。

【小学1・2年生】

幼稚園の時とほとんど同じです。
ランドセルも赤色を使ってましたし、制服もスカートをはいていました。
ですが、学校以外ではほとんどスカートを履きたがらなかったみたいです。

【小学3年生~6年生】

徐々に周りの子と違うかもと思い始めました。
習い事で一緒だった女の子のことが気になるようになったからです。
恋愛感情に近い好意だったと思います。

低学年の時と変わらず、制服を嫌がることはなかったです。
自分の性別は女性なんだから、着るのは当然だと思っていました。
でも服もかわいいものは着なくなり、Tシャツとズボンのような服を好みました。
昔の家族写真を見返すと、かっこつけて写ってるものがほとんどでした。
高学年になると、胸が大きくなってきて、スポーツブラをつける友達が増えてきましたが、自分は嫌でほとんどつけなかったです。
裁縫用具やナップサックなど、学校で使うものは男の子が好みそうな柄を選んでいました。

学校の休み時間は校庭でドッジボールをしたり、放課後は男子と公園に集まってベイブレードをしたりすることが多かったです。
男子だらけの中に自分だけ女子だったとしても、特に違和感は感じませんでした。
だからと言って、女子とも遊ばなかったわけではありません。男女関係なく友達と遊んでました。

このころに、金八先生のドラマを見て、『性同一性障害』を知りました。
言葉の意味や、どんな人がいるのかも全然わかりませんでしたが、ドラマに出てくる性同一性障害の生徒と自分は近いのかもしれないと感じました。

それからは、学校のプール授業の着替えが苦痛になり、何かと理由をつけて休んでいました。
結局小学4年生~大人まで一切プールは入らなかったです。

【中学生】

周りが徐々に男女分かれて過ごすことが多くなったからか、自分も女子と一緒にいることが多くなりました。
休み時間や放課後に遊ぶのもいつも女子でした。
 
服装も男っぽいものをより好むようになり、キャップやバックルの目立つベルトなどを身に着けるようになりました。
制服はスカートでしたが、しょうがないとあきらめていました。

バスケットボール部だったので、肩にかからないくらいの髪の長さにしたりして、あまり女性らしくならないようにしていました。

ほかの人から自分が女子だと思われたくない、同性である女子を好きになってしまうという気持ちが強くなり、『性同一性障害』について調べ始めました。
FTMの呼ばれている人のブログを見ていて共感することが多く、自分も『性同一性障害』だと思うようになりました。
でも、周りと違うことでいじめられたり、家族からも距離を置かれたりされたくないため、周囲にはできるだけボーイッシュな女の子としてふるまっていました。

【高校1年生】

自分が『性同一性障害』だろうと気づいていましたが、なんとか普通になろうと、高校入学を機に髪を伸ばしたり、女性らしい恰好をするように心がけました。
学校以外でスカートは履かなかったものの、女性らしい体のラインが出るようなぴったりしたTシャツや、ヒールの高い靴を履いたりしました。

相変わらず、好きになるのは女子ばかりで、男子には興味はありませんでした。
でも、周りの友達に彼氏ができていくにつれて、付き合うってどんな感じなんだろうと思い、1度だけ男子と付き合ってみました。
触られるのが嫌で、結局別れることになりました。
これを転機に、自分はやっぱり『性同一性障害』なんだって気持ちが強くなった気がします。

【高校2年生】

女子ではいられないと自覚したので、髪を短くして、女らしくすることをやめました。
学校以外では、できるだけ男に見えそうな服を着るようになりました。
このころ、彼女ができ、自分は『性同一性障害』かもしれないことをカミングアウトしました。
彼女と過ごすうちに、より男として見られたいという思いが強くなりました。

【高校3年生】

受験が近づいたころ、自分は『性同一性障害』だとはっきりと思っていたので、大学入学で環境が変えると同時に、より男らしく生きていこうと思っていました。
そのために地元以外の大学を受けて一人暮らしをしようと思っていました。

まだ親にはカミングアウトしていなかったので、県外の志望校だけ伝えると親から反対され、結局地元の大学に通うことになりました。

【大学生】

一人で服を買いに行けるようになり、メンズブランドの服を買うようになりました。
また、ナベシャツを購入できたので、寝るとき以外は常に着ていました。
そのためか、初めて会った人からは、男女どちらか聞かれることが多くなりました。
 
このころには同じ大学の友達や先輩など、偏見があまりなさそうだなと思った人には、男として生きていきたいとカミングアウトしました。

見た目で男性だと思われることが多くなってくると、まだカミングアウトしていない家族とどう接していいかわからず、学校の近くて一人暮らしを始めることにしました。
一人暮らしを始めてからは、より男性的な髪形や服装をするようになったので、初めて会う人に女性だと思われることがほとんどなくなりました。

成人式にもメンズスーツで行き、仲のいい友達にも受け入れてもらえました。

大学3年生になり、就職のことを考え始めた時に、このまま戸籍の性別が女性だと、会社でも女性として扱われるんじゃないかと思い、手術をして戸籍の性別変更を目指すことを決意しました。

まとめ

ということで、今回は以上です。

最後に、ざっくりまとめると、

  • 『自分史』は、”養育歴・生活史・性行動歴”と”性別違和の実態”を詳細に知るためのもの
  • 自分史の書き方にルールはない。箇条書きでもOK
  • 生まれた時から今までを思い出しながら、時系列に沿って書いていく

【deidei】

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ABOUT ME
deidei
ひっそり埋没しながら暮らしているFTM(女→男に戸籍変更済み)です。 女性として地方で生活→就職のため都会へ→現在は、男性サラリーマン街道邁進中!(7年目) 環境を変えることで、少しずつ、自分らしく生きれるようになりました。 FTMとして生活する中で学んだことや自分自身の経験を、わかりやすく発信していきます。
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